生態系サービスを利用する
農薬を減らすためには、生態系サービスの考えを利用する方法があります。ナスにとって有害な昆虫を減らすために、害虫を食べる「捕食者」を呼び込むことが基本の考えです。生態系ピラミッドの上位に当たる生物が捕食者になります。クモは捕食者の一例です。クモの巣を張り、飛んでいる虫を捕まえます。また、徘徊性のクモは動き回り獲物を捕らえます。アシナガバチはチョウ目の幼虫(俗にいうイモムシ)を丸めて捕食します。このように捕食者を導き、害虫を駆除する考え方が「生態系サービスを利用する」ということです。
宮崎大学の論文を紹介
今日紹介する論文は宮崎大学の2010年の論文です。タイトルは「生物多様性向上による露地ナスの害虫管理」です。
この論文を紹介する前に、以下のことを整理します。
・天敵生物:害虫を食べる生物(前述の捕食者とほぼ同義)
・害虫生物:ナスへ被害を与える生物
簡単にまとめる
農薬には天敵生物へ影響が少ない選択性の農薬があり、有力な土着天敵生物が保護される事実がある。天敵生物が生息できる環境でも、必ずしも天敵生物の種数(※1)が多いとは限らない。どのような管理が土着天敵生物が有効に働くのだろうか。
選択性農薬中心の防除体系
選択性農薬は種類が限られたいるため露地ナスのすべての害虫種に対して使用できない。そのため、現場では非選択性の農薬を使用時期や使用方法を考慮する必要があり、天敵生物への影響を減少させている。粒剤処理(※2)やスポット散布などの方法がある。非選択性の農薬が天敵生物へ与える影響を減少するだけであり、0にするわけではない。
また、選択性の農薬は適切なタイミングで使用し続ける必要がある。一頭でも害虫が見つかれば、すぐに農薬を散布する慣行的な農家は常に早いタイミングで使用が求められ、天敵生物による自然制御を必要とする部分は少ない。
生物多様性と生物防除
アブラムシの実験では天敵生物が同じ空間での捕食が生物的防除の効果を低減させることが指摘されていた。しかし、天敵生物も発生する時期やアブラムシ群集に対する反応の違いから多様な天敵生物の群集は生物的防除の効果が高まると示唆された。露地ナスでもヒラタアブ類と他の天敵生物の定着の時期が異なっていたことから補完的に働いている可能性がある。
アザミウマ類(害虫)とヒメハナカメムシ類(天敵生物)の関係性について述べる。アザミウマ類は周辺雑草からナスの圃場へ定着し被害を与える。ヒメハナカメムシ類は害虫ではないアザミウマ類を追うようにしてナス圃場へ定着し、アザミウマ類(害虫)を捕食する。アザミウマ類の群密度が低下(※3)するとイモムシの卵を捕食する行動が観察された。生物多様性が高まることでヒメハナカメムシのナス圃場内での持続性が高まると期待できる。
植生管理
近代農業の技術の核は単一の品種のみを栽培するモノカルチャーである。大量の化学肥料や化学農薬が使用され、天敵生物の生息場所や餌資源がほとんどない状況である。生物群集を多様化するためにの餌や生息場所の確保が重要である。天敵生物の餌供給源として花を咲かせる植物(インセクタリー・プラント)が注目されソバ、コリアンダー、スイートアリッサムなどが報告されている。圃場内の雑草を除去し、きれいに保つことが農家の技術力の高さと見られてきたが、植生を豊かにする取り組みに対する農家の理解を得る必要がある。
まとめ
天敵生物が害虫密度を抑制することと経済的に被害が生じないレベルまで落とすことは別問題である。害虫が高密でで遷移した場合、被害は無視できないためその前に害虫の圧政レベルを一定以下まで抑える必要がある。自然生態系と農業生態系の違いに後者では農業の生産性が確保されなければならない。さらに多多様性の向上が天敵生物による害虫抑制に繋がる必要がある。
説明
※1:種数とは生物の種類の数のこと。ナミヒメハナカメムシ、タイリクヒメハナカメムシで種数は2となる。
※2:農薬は液体と粒剤のものがある。粒剤の使用方法は動画でも触れている→ナスの定植
※3:ある一定区間の個体数が減ること。例として個体数が100匹から10匹へ減少する。
この論文をうけて
この論文は生物多様性の考えを圃場に落とし込む際にはじめに読むべきです。慣行的な農業と生態系サービスを利用する方法の違いが分かりやすく説明されています。選択性の農薬の防除体系が慣行的な農業であり、ポイントをしっかり押さえているため、農業に携わっている人にとって共感できる部分がと思います。
内容的なこと
慣行的な農業は常に虫のチェックが必要です。1匹でも害虫が見つかればすぐさま農薬を散布します。慣行の理想は虫が一匹も生息せず、雑草が全く生えていない農地です。しかし、露地栽培で行っている以上、「虫が1匹も存在しない」は幻想にすぎません。逆に露地で栽培していて虫が一匹もいないのは不自然だと考えます。
生態系は非常に複雑で網目のようになると生物が多様になります。餌をめぐる天敵生物同士の競争、天敵生物の嗜好性、さらに高次の捕食者の登場などの相互作用があり、それは種数が増えるとさらに複雑になっていきます。この複雑さが一種類の生物だけが異常に増殖することを防ぎ、多様な生物を維持するのに役立ちます。逆に種数が減ればある種が優占し爆発的に増えやすくなります。
自然生態系と農業生態系の違いは植生にあります。自然生態系の植物は複数あるのに対し、慣行的な農業生態系の植物は1種類のみです。ナス圃場はナスのみを栽培して周りは暴風ネットで取り囲み、防草シートを張り巡らせます。植生はモノカルチャーになり、上述したような爆発的に増えやすい環境です。爆発的に増えやすい環境だから害虫を一匹でもみつけたらすぐさまに農薬を散布しなければなりません。これではいつまでも農薬から離れられないです。
実験の最中です、農業生態系を少しでも自然生態系に近づけるための。私はまず、防草シートを張ることをやめました。そしてマリーゴールドなどの花も植え、慣行的なナス圃場より植生は豊かですが自然生態系には遠く及びません。自然生態系がすべて正しいとは思っていませんが、試行錯誤を続けて正解に近づいていきたいです。
余談ですが、私の圃場の周りには幸いにもナス農家がいません。好き勝手できる環境です。最高です。
—参考文献—
大野和朗 (2010):生物多様性向上による露地ナスでの害虫管理 農林水産技術研究ジャーナル33(9)